北朝鮮の国民の生活は、質素極まりない。清貧などという生易しい言葉ではなく、まさに生き地獄というべき酷いものである。飢え、寒さに苦しみ、死期を待つ。彼らにはそれしかないといっても過言ではない。そうした人々が古来から頼るもの。それは宗教であろう。
世界の歴史を見れば、どの国にも存在するこの宗教だが、時として信仰は結束を生み、圧制を敷いた権力者を討ち滅ぼしたという歴史もある。北朝鮮はそれを恐れた。


だから、かの国では多くの宗教が信仰を咎められている。もっとも表向きには信仰の自由を認めているのであるが、これはあくまで世界に向けた建前に過ぎない。北朝鮮は元は儒教の国であり、これを重んじる場合はそれほど問題視されないのだが、ことキリスト教徒への監視の目は強いようだ。中には専門の収容所まで用意されており、目に付くキリシタンを管理して精神的苦痛を与える場合もあるのだという。

北朝鮮のキリスト教徒をおよそ40万人はいるとされているが、なんとそのうちの10万人が収容所で生活しているのだという。実に、4人に1人は信仰の自由を認められず、日々過酷な生活を送っているのだから戦慄を覚えずにはいられないというものである。

ただ、高圧的な態度で信仰を監視するということ事態は、それだけ民衆の結束力を恐れているということの裏返しでもある。北朝鮮の高官は、卑劣で臆病な人間の巣窟である。民衆に一斉蜂起でもされればひとたまりもないのである。だから徹底的に自国民を追い込む馬鹿をするのだ。