平壌の、いくつかの役所が入居しているとある合同庁舎。隣接していた空地は、建国してしばらくは監獄があり、政治犯を収容していた。

この空地に新たにホテルが建てられた頃から、合同庁舎に奇怪な事件が起こるようになった。

入居している官庁の所長室に、ある日ふらりと見知らぬ女性が訪れた。昼間の事である。

所長はソファをすすめて、話を聞いたが、見たところ若そうな女性なのに、「この近くには以前○○の監獄があった」 などと、ずいぶん昔の話をするので妙な気がしていた。


所長は部屋から顔を出して、その場にいた職員に「お茶をふたつくれ」と、頼んだ。

すると、職員は怪訝そうな顔をして、「どなたの分でしょう…?」と訊いた。

何をわかりきったことを、と所長が部屋の中を振り返ると、最前の女性はかき消すようにいなくなっていた。

所長室に入るには、庶務担当の前を通らなければならない。が、誰に訊いてもそのような女性は通らなかったとのことであった。同じ庁舎で、夜間二人の職員が宿直室に泊まりこんでいた時のこと。

布団をかぶって寝ていると、何者かが、布団の上を乱暴に歩き職員を踏みつけにして通って行った。

大勢の人間のようであったが、闇の中のことであり、何者であるか確かめることはできなかった。

謎の行進はしばらく続いたが、やがてぷっつりと気配が消えた。

おそるおそる顔を出して見回してみると、部屋の中には二人以外に誰もいなかった。その間、二人は生きた心地もしなかったそうである。

さて、余談だがこの女性によく似た人物が、かつて隣の監獄で獄中死したことが分かっている。