ある剣道場で、近くの高校の剣道部が練習に打ち込んでいたときのこと。突然一人の男性がこの道場に訪れ、彼らとの練習試合を持ちかけた。
しかし、血気盛んな年頃の部員らであったが、その誰もが男性の挑戦を受けようとはしなかった。男性は盲目だったのだ。盲目の剣客といえば座頭市が有名であるのだが、高校生たちは当然そんなものは知らない。彼らは口々に「危険だから」とか「帰って下さい」と言って男性を諦めさせようとした。しかし男性は折れない。

そのしつこさに根負けした部長は、とうとう男性に向かって後輩をあてがい、試合の真似事をするように命令した。

指名された後輩は「やれやれ」と呟いて試合の準備をするが、男性は笑って、「こんな坊主じゃなく、もっと強い奴とやりたい。」と言ってのけた。

その言葉に腹を立てた後輩部員は、周囲の制止を振り切って全力で試合をすると宣言。こうして盲目の男性との一戦が始まった。

そしてこの試合はすぐに終わった。大方の予想を裏切って、盲目の男性は見事な体捌きで瞬く間に相手をなぎ払ってしまったのである。

部員たちに緊張が走る。ゆっくりと姿勢を正し、男性は言った。

「さあ、強い人は向かってきていいんだぞ。」

今度は部長が前に出た。緊張の中試合が始まると、道場内には幾度も竹刀のぶつかる音が響いた。

部長が何度かの鍔迫り合いの末に勝機を見出し、その隙を突いて動いたその瞬間。面・胴・小手と続け様に痛みが走り、無様に転げまわる羽目になっていた。

盲目の男性は笑いながら、神棚に向かっていき、そのままスーッと消えていったそうだ。